子どもが約束を守らずゲームばかりしていて、イライラするわ!
そのイライラの正体は、実は親自身が作り出したものなのジャ。
- 松﨑智海さん

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1975年 福岡県北九州市生まれ。龍谷大学文学部真宗学科卒。2000年札幌龍谷学園に宗教科教諭として赴任。2005年鎮西敬愛学園に宗教科教諭として赴任。2014年に教壇を降り永明寺に勤務。2016年より永明寺住職を継職し現在に至る。14年間の教員経験を活かし、ひらかれたお寺づくりを目指し仏教の情報発信に力をいれる。著書に『だれでもわかる ゆる仏教入門』(ナツメ社) , 『「鬼滅の刃」で学ぶ はじめての仏教』がある。
子どもがゲームやスマホばかりで全く勉強しない、決めたルールを守らない、と悩んでいる保護者の方も多いと思います。この現代の難問に、「仏教」という視点からアプローチしてみましょう!2500年以上前から人間の苦悩を見つめてきた仏教には、現代の子育てにも活かせるヒントが詰まっています。今回は、SNSでユニークな投稿を続け、「バズる住職」として人気の浄土真宗本願寺派・永明寺ご住職の松﨑智海さんに、子どもとゲームの関係や、親の心の持ち方についてお話を伺いました。
子どもに話を聞いてもらうためのテクニック
「バズる住職」、松﨑さんのSNSテクニックは、親子間の会話でも使えるアイディアがたくさんあります。秘訣を教えてもらいました。
相手に聞いてほしいなら、相手が興味のある「言葉」と「題材」を選ぶ

——松﨑さんは仏教について、時事ネタやネットミームなどを交えた親しみやすい文体でSNS投稿をされていますが、なぜこのような形で発信をしているのでしょうか。
松﨑:相手に何かを伝えたいとき、相手の使っている言葉を使うのがコミュニケーションの基本ですよね。例えば、アメリカで商売するとき、日本語ではうまく伝わりません。うまく伝えたければ、アメリカの公用語である英語を使う方が伝わります。それと一緒で、SNSで何かを伝えるときは、多くの方にとって興味のある言葉や題材を選ぶようにしています。特に仏教の言葉は、一般的ではなく、難しいですから。
相手の興味のある題材で伝えないと、見てもらえない
松﨑:私はもともと、仏教系の高校で教員をしていました。当時、学校の掲示板に仏教の言葉を書いて貼っていたのですが、生徒たちは見向きもしませんでした。どんなに素晴らしい内容であっても、難しい言葉では生徒の心には響かず、読んでくれないわけです。
そこで、生徒たちの間で流行っている歌の歌詞や、話題を取り入れてみたところ、みんなが見てくれるようになったんです。
私とあなたの意見が違うのは当然。100%理解はしあえない

——このような取り組みに対し、否定的な意見もあったのではないかと思いますが、周りからの否定的な意見を松﨑さんはどう捉えていましたか?
松﨑:まず、人はそれぞれ違う世界を持っていて、100%理解はできないですよね。
たとえば、私が発信したことで気分を害してしまった人がいたら、その方の気持ちを損ねたことは謝ります。ですが、私とその方の意見が違うことについては、お互いを尊重しましょう、というスタンスでいます。違いを正そうとしても、平行線になりますから。
そもそも「みんな同じ」というのは、不自然で気持ち悪いですし、同じ意見からは新しいことは学べません。それに、反対意見も出ないというのは、「そのことに興味がないから」ともいえます。
自分とは異なる意見が出るということは、「私の投稿に興味を持ってもらえている」とも言えるんです。
自分で勝手に、対人関係の悩みを大きくしている?
——自分のスタイルを貫く発信を続けていられるということは、松﨑さんは打たれ強いということでしょうか?
松﨑:いえいえ、そんなことはなく、批判や攻撃的な反応があれば、すごく傷つきますよ。ただ、仏教においては、「他者の意見をどう受け止めるかは【私】の問題」と言われており、マイナスに受け止めないように気を付けていますね。
違う意見を言われると、つい「批判されている!」と思ってしまいがちですが、それは、「批判されている!」と自分の中で変換してしまっているからであり、いわば自分が、自分で苦しみを生み出しているんです。
同じ言葉を言われたとしても、自分自身がどう受け止めるかで解釈はまったく変わってきます。相手がどんな発言をするのかはコントロールできないので、批判を含めて、自分が想像しなかった意見が出てくることもあります。この時、自分が苦しまないためにも、「批判されている!」ではなく、「この人はこういう考え方なんだ」や「そういう見方もあるんだ」と、自分の受け止め方をコントロールした方が現実的ですよね。私は、批判や意見が出てきたときは、「私の投稿に興味を持ってくれて、意見を貰えてありがとうございます」と考えるようにしています。
子どものゲームにイライラするときに、親が自分に問いかけてほしいこと
「他者の意見をどう受け止めるかは【私】の問題」というお話がありました。こちらを応用し、「子どもがゲームをしている姿にイライラする」状況を、仏教の視点を持ってアプローチしていきましょう。
なぜ「私は」子どものゲーム姿にイライラするのか
松﨑:子どもがゲームをしている姿にイライラしているときは、「子どもがゲームに夢中になっていることに、なぜ私は腹が立つのか」を分析してみてください。
作ったご飯をできたてのうちに食べてほしいのか、目が悪くなってほしくないのか、ゲーム以外のことで遊んでほしいのか、朝から晩まで長時間ゲームをし続けていることが嫌なのか、ゲームより勉強をしてほしいのか。また、自分のことよりもゲームを優先されてしまうことへの嫉妬もあるかもしれません。このような考えがいくつも絡まりあっていると思うんです。
——実際、複数の理由が混在していることが多そうですよね。
松﨑:たしかに、いくつかの理由が混在していることが多いとは思いますが、一番イライラしていること、相手に何をしてほしいのかを一つに絞ることがポイントです。というのも、二つ以上のことを相手に求めるのは難しいんです。
例えばイライラする一番の理由が「作ったご飯をできたてのうちに食べてほしい」である場合、子どもに対する声掛けも「ゲームをやめなさい!」でなく「今日のご飯おいしいよ、がんばって作ったんだ」とポジティブなメッセージに変わるはずです。
イライラする原因は子どもではなく、【私】

松﨑:先ほどの「他者の意見をどう受け止めるかは私(自分)の問題」にもつながりますが、仏教では「原因を外に求めるのではなく、内に求める」と考えます。
苦しみは自分以外のところからもたらされるものではなく、苦しみを作っているのは自分自身であるという考えですね。
例えば、誰かとトラブルになったとき、「あの人はいつも嫌なことをする!」と、どんどん妄想が膨らんでいきがちです。そして、実際の相手ではなく、勝手に妄想して膨らませた相手と頭の中で戦っていることはないでしょうか。そういったことには気をつけましょう、とお釈迦様も言っています。
——ゲームをしている子どもを前に「一日〇時間までと約束したのに!」「宿題もまだしていない!」「私ばかり怒っている!」「私が子どものころは、もっとちゃんとしていた!」と過去の出来事まであれこれ持ち出して、イライラが増していく状態ですね。
松﨑:はい。子どもが苦しみをもたらしているのではなく、「【私】(親自身)がそういう考え方をするクセがあり、それが苦しみを生んでいる」ということです。この苦しみを生まないためのトレーニングが仏教なんです。
親が子どもに一番伝えておきたい「人生で本当に大切なこと」
スマホ、ゲームも含め、現代の子育ては悩ましいこともいっぱいです。そんな中、子育てにおいて親が子どもに一番伝えておきたいことは何か、引き続きお話を伺います。
子どもに勉強させたかったら、親が勉強を楽しむ

——「ゲーム、スマホばかりで将来が心配…勉強してほしい」とは、よく聞く保護者の願いですが、子どもが勉強にも目を向けるためには、どうすればいいでしょうか。
松﨑:「学ぶ」の語源は「真似る」です。子どもは親の言葉より、普段の行動を見て真似ているんです。「親がやっているから自分もやっていいんだ」と考えるんですね。例えば、親が煙草を吸うなら、子どもの煙草に対するハードルが下がります。
それと同じで、もし親が学者で勉強をする姿が日常的なら、子どもは必ず勉強を熱心にするとは限りませんが、勉強へのハードルが下がることは確かです。
一方、ゲームに関しては、必ずしも親御さんはゲーマーとは限りません。しかし、「親御さんの家での過ごし方」に注目すると、どうでしょうか。
——親が家でいつもダラダラしていたら、子どもが家でダラダラするというハードルは下がってしまいますね。
松﨑:その通りです。「昼は、仕事を頑張っているんだから、家では休ませて」という親御さんの気持ちもよくわかります。私もそうですから。しかし親御さんが家で休むことだけしかしないと、子どもは休む親の姿から「家=休む場所」とインプットされます。
ですので、子どもに勉強してほしいのなら、親が家で勉強する姿を、しかも嫌々でなく、楽しく勉強する姿を見せることが効果的です。
「勉強って特別じゃないんだ、家でもやることなんだ」と子どもが思えば、その子の勉強に対するハードルは下がるでしょう。
そのハードルを子どもが跳ぶかはコントロールできませんが、ハードルを下げることはこちらがコントロールできることです。コントロールできないことにイライラするよりも、コントロールできることに目を向けた方がいいと思います。
ゲームからも学べる、何事も教材に
——いざ、親も「学ぶ」といっても何を学べばいいのか?となってしまう親御さんも多そうです。
松﨑:ゲームからもたくさん学べますよ。ゲームは「どうすれば夢中になれるか」を突き詰めて、たくさんの時間、人手、費用をかけて作られていますから、当然魅力的ですよね。成功報酬や難易度の調整も非常に絶妙で、ついつい続けたくなってしまうんです。
——日本だけでなく、世界中のゲームメーカーで競争をしていますもんね。
松﨑:一方、勉強はどうかというと、教科書も大勢の学者が関わってはいますが、学校のやり方自体は100年前と変わっていないんです。黒板、机があって、先生がいて30人くらいの生徒を見ている、という仕組みはそのままなんです。
——ゲームVS勉強では、勉強のほうが分が悪そうですね。
松﨑:はい。ですので「ゲームをやめさせる」ことではなく、「もっと大事なことを教える」ことに注力した方がいいと思います。
ゲームをやめさせる、よりも大事なこととは
——「ゲームをやめさせることよりも、もっと大事なこと」とは、なんでしょうか?
松﨑:「親である【私】(自分)が何を大事にして生きてきたか」です。
親の私にとって大事なものはなんなのか、私が大事にしてきて良かったものはこういったもので、あなたにもそういったものを見つけて大事にしてほしい、と伝えることです。
それは何でもいいんです。こういった、「これをしていると楽しい、これをしていると幸せになる」ということをお子さんに伝えられるといいですね。
スマホ、ゲームのルールを守るより大切なこと
松﨑:これはルールの話にもつながってきます。家庭内でスマホやゲームのルールを作られているご家庭も多いですが、ルールを作る目的は「ルールを守らせること」ではないですよね。
ルールを守らせることが目的になり、それに注力すれば、確かにルールを守る子にはなるとは思いますが、ルールを守るだけのロボットになってほしいわけではありませんよ。
スマホやゲームの時間を制約するルールを作るときは、「もっと大事なことにも時間を使ってほしいから、このルールを課している」という保護者側の思いがあるはずです。
子どものスマホをやめさせることは膨大なエネルギーを使います。ですので、それを「もっと大事なこと(親が大事にしてきたものが何なのかを子どもに伝える)」に使った方がいいと思うんです。
ルールを守らせることが目的でなく、「生まれてきてよかった」な、とお子さん自身が思えるような人生を歩むことが親の本当の願いのはずですから。
今はスマホ過渡期、トライ&エラーをするしかない
松﨑:そもそもスマホが普及してきたのは2000年代であり、まだ歴史が浅く、まさに今は過渡期なのです。ひずみや問題は出てくるのは仕方がないんです。
2025年12月よりオーストラリアが16歳未満の子どものSNS利用を禁止しましたが、こちらもトライ&エラーの一環だと思いますし、今はいろんな方法を試してみることが大切だと思います。
過渡期ですから、「なにかを決め、それを守り続ける」というより、ああでもないこうでもないと議論し、試行錯誤していくことが大切だと思います。
また、ゲームやスマホが癒しの時間になっている側面はありますので、ただ奪うだけではいけないと思いますね。
子育ては、親自身がまず幸せに生きる事が大切
松﨑:とにかく子育てにおいては、まず親である私たちが幸せに生きることです。そうすれば子どもは幸せになろうと、親を真似しますから。
楽しそうにしていないと、真似したくならないですよね。お釈迦様も幸せに生きた人です。お釈迦様が幸せに生きたから、じゃあ真似しようかなと思えるわけです。
——親が子どものことや生活にかかりきりでいつも疲れていたら、確かに子どもたちも大人って大変なんだな、大人になりたくないな、と思ってしまうでしょうね。
松﨑:親も人生を楽しんで、幸せでいること。何を幸せとして生きていくのかを子どもたちに見せ、伝えていくことが大切です。そんな子育てをしていくことで、子どもが幸せになる方法を自ら選んでいくことになると考えています。
- POINTまとめ
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- 子どもに話を聞いてほしいなら、子どもが好きな題材を使って話す
- 子どもに勉強をしてほしいなら、まず親が楽しんで勉強する
- 親が幸せに生きれば、子どもはそれを真似る
インタビュアー/ライター
石徹白 未亜- いとしろ みあ。ライター。ネット依存だった経験を持ち、そこからどう折り合いをつけていったかを書籍『節ネット、はじめました』(CCCメディアハウス)として出版。ネット依存に関する講演を全国で行うほか、YouTube『節ネット、デジタルデトックスチャンネル』、Twitter(X)『デジタルデトックスbot』でデジタルデトックスの今日から始められるアイディアについても発信中。ホームページ いとしろ堂







