うちの子、ゲームのしすぎだわ!ゲーム依存症じゃないかしら……?
早合点はイカン!「ゲーム依存症」を正しく理解することが大切だゾイ!
- 篠原菊紀さん
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公立諏訪東京理科大学工学部情報応用工学科教授
脳科学者。東京大学卒業。同大学院修了。専門は応用健康科学、脳科学。TV・ラジオなど、メディアでわかりやすく脳についての研究結果を紹介。子どもから高齢者までを対象に、脳トレ、勉強法、認知機能低下予防、仕事力アップ、快感の基礎など多方面で応用・実践している。
ゲームに夢中な子どもを見て「うちの子どもはゲーム依存症では?」と不安になってしまう保護者の方も多いのではないでしょうか。「ゲーム依存症の疑いありの子どもは○%」といったニュースも見かけます。しかしこの「ゲーム依存症」にはきちんとした定義があるのをご存じでしたか?公立諏訪東京理科大学教授、篠原菊紀さんに「ゲーム依存症」の定義、そして対策について教えてもらいました。
ゲームのせいで頭が悪くなる、は本当か?
ゲーム依存の定義を確認する前に、これもよく言われる「ゲームのせいで頭が悪くなる」は本当なのか、あらためて考えてみましょう。
ゲーム時間の長さは頭の働きを高める?
篠原:日本では「ゲーム時間が長いと成績が下がる」「頭が悪くなる」といった話が、よくメディアでも取り上げられています。
ただ、米国で9歳の子ども約1万人の認知機能(頭の働き)を調べ、2年後に認知機能がどう変化したか調べた研究があるのですが、「ゲーム時間の長さ」はむしろ「認知機能を高める」方向に働いていました。ある時点で調べると、ゲーム時間の長さが「親の社会経済的地位」や「子どもの頭の働きにかかわる遺伝要因」で説明しうるので、ゲーム時間が長いと学力が低くなる、頭の働きが悪くなるとみえてしまうのです。
参考、篠原さんnote:
ゲーム時間がより長いと、二年後、より知能が向上する。遺伝要因や社会経済要因を考慮した縦断研究。
https://note.com/s96hige/n/nd7ddabf379d7
親の背が低いのに子どもに「背が高くなれ!」と言っていないか
——「子どもの頭の働きに影響を与えるのはゲーム時間よりも、むしろ親の社会経済的地位と遺伝」というのは、保護者にしてみると相当耳が痛い話ですね。
篠原:はい。これはかなり伝え方が難しいので報道されにくいのでしょう。 ただ日本では、勉強については「努力すればできるようになる」と努力の問題に還元されがちです。
ですが、親の社会経済的地位や、遺伝要件が子どもの学力に影響を与えるのは当たり前の話です。学業成績の55%、一般知能(IQg)の77%程度は遺伝要因で説明されることが、古くから知られています。
それこそ、親の背が低いのに、子どもに「背が高くなれ」と言っているようなものです。
ゲームの子どもへの影響を議論するなら、子どもを取り巻く他の要因も考えないといけません。
ゲームをすると学力が向上した理由
篠原:先ほど紹介した研究結果では、ゲームをするとむしろ認知機能が上がっていましたが、ゲームをすることで、脳のワーキングメモリーと呼ばれる記憶や情報を一時的に保持しながら、あれこれ操作をするという学力の基本にもなるような脳の使い方が向上し、認知機能が高くなるという研究結果もあります。
ゲームは、何も子どもに限らず、高齢者の認知症予防にも使われたりもしています。
ただし、「ゲームだけしていたら学校の勉強をしなくても成績が上がる」という意味ではありません。勉強時間の確保が必要なのは自明なので、その点は正しく理解することが必要です。
WHOのゲーム依存の定義を読み解く
WHO(世界保健機関)が定めたICD(国際疾病分類)の「ゲーミング障害(いわゆるゲーム依存症)」の定義を読み解いていきましょう。
WHOでは「ゲーミング障害(ゲーム行動症)」と定義されるゲーム依存症
篠原:まず本来は「依存症」ではなく「障害」なのです。WHOの定義上でゲーム依存症は「Game Disorder(ゲームの障害)」ではなく、「Gaming Disorder」と表記されており「ゲーム行動症(ゲーム行動の障害)」と翻訳します。「依存症」と訳したのは、これまで日本で「依存症」という言葉が使われていたからというのもあるのでしょう。
そして「ゲーム行動の障害」であり、「ゲームの障害」ではない点もポイントです。ゲーム障害の定義の元になったギャンブル障害も「Gamble Disorder(ギャンブルの障害)」ではなく、「Gambling Disorder(ギャンブル行動の障害)」なのです。
実際、ゲームもギャンブルも、問題ない範囲で遊べている人がほとんどです。そのため、「ゲームやギャンブルによる障害」ではなく、「ゲームやギャンブルの行動の仕方における障害」と定義しているのです。
※以下、当コラムでは、「ゲーム依存症」を「ゲーム障害」と表記します。
ゲーム障害の診断基準とは?
2022年2月、ICD(国際疾病分類、WHOによる疾病の定義、ここでは第11版)のゲーム障害の定義に「診断のために必要な基準」が追加されました。「以下の条件を、すべて満たさなければゲーム障害と呼んではいけない」と定義されたのです。それを一つずつ見ていきましょう。
①制御 | ゲームの開始/終了、頻度、継続時間など、ゲーム行動を自分でコントロールができず、本来ならするべき時でないとき(学校の授業中など)でもゲームをしてしまう状態 |
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②優先順位 | ゲーム行動が、生活の他の何よりも優先されている状態 |
③継続 | ゲーム行動による望ましくない結果(家族の対立、学業成績の低下、健康への悪影響など)が生じているにもかかわらず、 ゲーム行動を続け、エスカレートさせている状態 |
日本で使われているゲーム障害のチェックリストではこのICDの定義のうち、いくつかが当てはまればゲーム障害の疑いとしているものもありますが、それはWHOの定義としては正しくありません。
一過性のハマりはゲーム障害ではない
篠原:さらにICDでは、上記の①~③の状態が「12か月にわたって続いている(重症の場合には短くしてもいい)」と定義されています。
日本ではこの「重症の場合には短くしていい」が強調されがちな傾向があります。ですが「ゲームに一過的にハマる」はありうる話です。例えば、待望のゲームがリリースされたらクリアまでどっぷりハマるケースはよくありますよね。でも、ゲームクリア後に日常の生活に戻ってこられるのであれば問題ありません。
さらにICD上の定義では
・ゲーム行動のパターンが、個人的、家族的、社会的、教育的、職業的またはその他の重要な機能領域において、重大な苦痛または障害をもたらしている
・ゲーム行動(上記にあげた問題のあるゲーム行動)が他の精神障害では説明できず、物質や薬の影響によるものでもない
と続いています。
薬物などの場合には、その使用が過度になれば生活上の重大な障害が生じることは自明なので、「重大な苦痛や障害」を改めて強調しなくてもいいといえばいいのですが、ゲームやギャンブル行動の障害では必ず生じるとは言えないので、こんな定義がついているのです。
ゲーム障害の前にある「ゲームの危険な遊び方」
篠原:ICDの定義では「これを満たしていたらゲーム障害ではない」という除外条件もあります。除外条件の一つ目は「双極性障害」です。
——かつて躁うつ病とも呼ばれていた病気ですね。
篠原:はい。「躁状態」のときは浪費したりなど、過活動が続くこともありますが、躁によりゲームにのめりこんだ状態は、ゲーム障害ではありません。
そして次が誤解している方も多いと思うところなのですが、「ゲームの危険な遊び方」も除外条件に入っており、「ゲーム障害」ではないとICDでは区別しています。「ゲームの危険な遊び方」とは、「ゲーム障害」までには至らないゲーム行動の問題です。
——「ゲーム障害」の条件には全て当てはまらないが、ゲーム行動に問題がある場合は「ゲームの危険な遊び方」になるということですね。
篠原:はい。「ゲームの危険な遊び方」は「ゲーム障害」という病気としては扱わず、「健康問題として扱う」、とICD上にも記載があります。
——「健康問題として扱う」、というのはどのようなことでしょうか。
篠原:「ゲームの危険な遊び方」以外に健康問題として挙げられている項目を見るとつかみやすいと思います。「運動不足」「不適切なダイエット」「食べ方の習慣」などがあります。「ゲームの危険な遊び方」というのは、ここに位置するんです。
——確かにお医者さんに治療してもらうというより、生活習慣の改善で対応していくものですね。
「ゲーム障害」と「ゲームの危険な遊び方」の比率とは?
——「ゲーム障害」の人と、「ゲームの危険な遊び方」の人の割合はどのくらいなのでしょうか。
篠原:われわれの調査における一年以内にゲームを利用した人のデータで試算したところ、「ゲーム障害」に該当する人は0.9%、「ゲームの危険な遊び方」に該当する人は9.6%になりました。日本においては「ゲーム障害」が取り上げられがちなのですが、数が多いのはそこに至る前の「ゲームの危険な遊び方」の状況にいる人たちなのです。
参考、篠原さんnote:
「ゲーム行動症(ゲーミング障害)」と「危険な遊び方」は違う、責任あるゲームプレイを
https://note.com/s96hige/n/n2c49b055b447
ゲーム障害ではない「危ない遊び方」
https://note.com/s96hige/n/nf611f7961112
「ゲーム障害」「ゲームの危険な遊び方」それぞれの対処
病気である「ゲーム障害」と、健康問題の「ゲームの危険な遊び方」は区別して考えるとICDで定義されていることがわかりました。引き続き対処法について考えます。
対処法1 「ゲーム障害」だった場合
篠原:まずゲーム障害と考えられる場合ですが、背景にそれ以外の問題がないかを確認する必要があります。発達の問題や鬱などの精神疾患があった場合、そちらを含めた対処をしなくてはなりません。たとえば「そもそも根底にトラウマがある」いう話になってくると、問題はゲームではなく、その人の生きやすさをどうやって保証していくのか、という話になります。
——冒頭にあったゲームと頭の働きのお話でも、ゲーム以外の要因を考えることについてお話がありましたが、ゲーム障害においても、ゲーム以外に要因はないのかという目線は重要ですね。
篠原:ゲーム障害の場合、児童精神科医に診てもらうのがいいと思いますが、今、ゲームのこともわかる児童精神科にかかろうと思っても時間がかかってしまうようなので、児童精神科医の先生が書かれた本を読むのもいいですね。吉川徹さんや関正樹さんの本は私も読んでいます。
対処法2 「ゲームの危険な遊び方」だった場合
篠原:次にゲーム障害でなくゲームの危険な遊び方だった場合ですが、この場合に重視することは「健全に遊ぼう」ということです。
「健全な遊び方」はギャンブル行動の障害での取り組みが参考になり、例えば「上限を決めて遊ぼう」「自由で遊んでいい時に遊ぼう」「親や周囲に隠さず遊ぼう」などがあります。当たり前のことではありますが、「こういうことを守っていく」そして「こういう風にしていく」と宣言し、遊んでいくことが大事です。
ただこれも「いつでも宣言通りにやらなきゃいけない」となると、隠れてやってしまいがちなので、そうではなく「オープンにやっていこう」というのが重要です。ギャンブル行動の障害もそうですが、「治療から予防の流れ」は世界的に進んでいます。
親自身が「ハマった」経験を活かそう
——ほかに保護者として、子どもが健全にゲームを遊ぶためにできることはありますか?
篠原:もし保護者自身もゲームをするなら、一緒にゲームをするのが一番いいですね。一緒に遊んで、一緒に考えることです。
逆に親が「ゲームは危ない」という認識のもと ゲームをしている子どもを冷たい目で観察しているのは、うまいやり方ではありません。
しかし、ゲームに興味がない保護者もいますよね。ただその際も、子どもにとって何が楽しいのか理解しようとはしたほうがいいです。親自身も、子どものころ、何かにハマったことのある人ならば、その感覚がヒントになるかと思います。
- POINTまとめ
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- ゲームのせいで成績が落ちるわけではないという研究結果も
- ゲーム障害以前の「ゲームの危険な遊び方」に該当する人が多い
- 健全な遊び方でゲーム障害を「予防」していこう
- インタビュアー/ライター
石徹白 未亜 - いとしろ みあ。ライター。ネット依存だった経験を持ち、そこからどう折り合いをつけていったかを書籍『節ネット、はじめました』(CCCメディアハウス)として出版。ネット依存に関する講演を全国で行うほか、YouTube『節ネット、デジタルデトックスチャンネル』、Twitter(X)『デジタルデトックスbot』でデジタルデトックスの今日から始められるアイディアについても発信中。ホームページ いとしろ堂